
あれは確かに夏だった気がする。私の仕事は決まっていつでもそうであるように、その日も上司からある紙切れをもらうところから始まった。その紙にはやはり活字で何か書かれていた。しかし私は活字が読めないのでそれを2つに破り捨てしまう。上司はもちろん私に活字が読めないことを承知している。そして私も、上司が知ってわざとそうしていることも知っている。それが上司のユーモアであり、私のやさしさでもあるのだ。
そうこうしているうちに季節は冬になってしまった。まったく、時間の流れが早く感じて仕方がない。私は、上司のいる部屋をノックしている。
はいりたまえと聞こえてきたが今更かしこまる必要も無いと思い無言で上司の部屋へと入り込んだ。
「さて、私の手紙は読んでくれたかね?」
「・・・・・・・」
「そうか…ところで話は変るが、ちょっと埼玉まで行ってくれないかね」
「・・・・・・・」
「それじゃあ、それ、食べ終わったらさっさと出て行ってくれ、あ、それとくれぐれも頼むよ、期待してないけど」
私は痴漢で有名な埼京線に乗り込み、上司の部屋での出来事を思い出していた。ひどく侮辱されたこと、フランス料理がおいしかったこと、痴漢のこと。
埼玉に着いたはいいが、どうやらタクシーの運転手に騙されたらしく、ひどく奥地のほうまで流されてしまった。訳が分からない。とりあえず私はその辺りでもいち番人目に着く、どうやら何かの店らしき建物の中に飛び込むことにした。
驚いた。その建物の中にはバナナとカセットテープしか陳列されていないのだ。
これはいったい…と私は思わず心の中で叫んでしまった。そして何より私を驚かせたのは、そこの景色こそ私の生まれ故郷のそれにひどく似ているのだ。
もう、私はいてもたってもいられない。その本能のおも向くまま、母国の踊りを舞い、母国の歌を叫んでいた。
「ばなてーぷ、ばなてぃーぷぅ!」
「ちょっとお客さん、買うの?買わないの?」
「あっ、ごめんなさいね」
私は、いつの間にか日本語を話していた。この謎だけは今になっても決して分かることはあるまい。
これが私の、心の中のベストテン第1位である。
しかしそれにしても、在宅勤務の私がどうしてこうも外回りが多いのだろうか。まったく、日本はワッカリマセーン…。