【あるみづ】ある眠れないみづきの後日談

2007年10月01日

近能さん辞書 ep:5 おれも一枚かんでるけどね

おれも一枚かんでるけどね


 『見落とす』というのは、割と多く起こりうることである。これから話す私の体験談もそんな、『見落とし』から始まった。

 私は残業も終えて帰路に着いていた。電車を降り、死ぬほど通ったはずの細い路地をとぼとぼ歩いては、やはり死ほど曲がったはずの曲がり角を曲がる。さすがにこの時間になると人影も少なくなるというものだ、などとぼんやり考える。そういえば、最近彼女とも会っていないな、などの考えも平行している。ただのひとりが、ただ部屋に帰るためだけに歩くとは、ひどく考えも散漫なものだ。
 さて、あと2、3分も歩けば俺の部屋か、と思ったとき私はふと立ち止まった。

「あれっ?こんなところに、こんな建物、あったけ?」
 それは、マンションとマンションの間に、ちょうど挟まれるようにして建っていた。その場所でさえ、毎日死ぬほど通り潰して、見える光景の全ては理解しているはずである。すると最近建ったばかり、ということか。しかし、それならそれで何かしらの変化にこそ気がついても良いものである。まるで、突如沸き出たようで不気味だ。
 そして、何より私を不気味にさせたのはその色だ。ファッション・ピンクなのだ。
「マジか…?」
 漆黒の中、淡い照明はその建物だけを照らしている。それはまた同時にワイセツな営業を営む店を連想させた。もっとも、私はそうゆうとこに行ったことはないのだが。

 ここでまっすぐ帰ればよかったものの、しかし次に私はその建物へと歩み寄っていたのだ。
「めるへんはうす…うさぎ…?」
 これはいよいよ想像に答えるに値してるなと苦笑してみたが、内心ではおおいに期待しほくそ笑んでいた。家の近くにこんなものがあったとは、どうして今まで気がつかなかったものか。まあ、何はともあれものは試しという節もある。
「それでは…」
 と、扉を開けると
「きゃぁーん!あなたも魔法の力でぶりぶりよん」
 いきなり中から誰かが責めよってきたので思わず仰天してしまった。
「あの…、ここは?」
「いやーん、わたしの魔法でるりるりよん!」
 さすがに驚かずにいられなかった。きっとこの人は、あれ(クスリ)をやってるに違いない。
 そしてこんなところにいたらきっと、ひげぼーぼーになってしまうに違いない。帰ろう。
「あっ、すいません、間違えました」
 言ってすぐ帰ろうとしたとたん、この人は泣き出してしまった。あれ(クスリ)をやってる人は喜怒哀楽が激しくなると聞いたことがあるがまさにその通りだ。
「あれっ、困ちゃっうなぁ、泣かれても…」
「……ん、でも、だいじょうぶ!魔法(クスリ)の力でぷりぷりよん!」
 ああなんて恐ろしいんだ!しかし、よくよく見てみればなんと可愛い娘さんではないか!

「あの、その、失礼ですけど、ここは何をやってるところなんですか?」
「せっしゃは、武士で、ござる、ナリィー」
 彼女はせいいっぱい第一印象を良くしようとしてモノマネをしてきた。それも、いまさら武士のモノマネだった。しかも後半は、よせばいいのにコロ助も入っていた。
「そっ、それつまんね……」私は心の中で何度もそう叫んでいた。きっとこのとき私の顔はひどく引きつっていたはずだ。しかし次にはそんな思いとは裏腹に私はとんでもない事を口にしていた。
「きみ、おもしろいね」
 ああ、私は何を言っているのだろう。一刻も早くここから抜け出さなくては行けないはずなのに。さてはこの娘に一目惚れでもしてしまったのだろうか?

 それからうさぎと打ち解けるのに時間はかからなかった。
 実にいろいろな話をした。子供のころのこと、ふるさとのこと、将来のこと、コロ助のこと。彼女は大いに笑い大いに泣き、こんな私に対して実に親身になってくれた。もう私は決心しなければならないと自分自信に言い聞かせた。こんないい女は他にはいない。
「さっきも言ったけと思うけど、最近さ、彼女とうまくいってなくて…もう、別れよう、って思ってたんだ…それで…」
「それで?」
「俺と付き合ってくれないかな!……いや、今日会ったばっかりで、俺、こんなこと言うの、おかしいんだけど」
「彼女とうまくいってないの?」
「とぼけないでくれよ!何度もそう言って…分かったよ、いやならいやってはっきり言ってくれよ!」
「まあそれ、おれも一枚かんでるけどね
「え?にいさん?」
「にいさんゆーな」

 それからの私はまるで夢を見ているようだった。どうにか成り行きぐらいは理解できるようになってからしばらくして、もういち度『めるへんはうす・うさぎ』を訪れてみた。事の真相をどうしても確かめたかったからだ。しかし、私を待っていたのは残酷とも言える、悲しい結末だった。
 『めるへんはうす・うさぎ』があるはずの場所には何もなく、ただ短い草だけが埋め尽くす土地が広がるばかりだった。
 「うさぎ……」たたずむ私をただ、うさぎと過ごした想い出だけが通りすぎていた。呆然としていた私だったが、この時この発見によって随分救われた事になった。それはうさぎからの手紙だった。
 私はもう二度と恋はしないなんて言わないよ絶対、と牧原ノリユキ張りに思う。以下はうさぎからの手紙の全文である。最後にこれを載せることで私の体験談、あえて言うならラヴソングを飾るとしようか。


 『前略
  あなたはきっとこの手紙を読んでくれると信じています。
  辛いことも、悲しいこともあったけど、それでもわたしは生きていきます。
  わたしは、にっぽんいちの武士になります。最悪コロ助になります。
  
                             かしこ』

投稿者 (こ) : 2007年10月01日 10:47 | トラックバック  | 0574 Web Site Ranking | Blog Rank7
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